社長のDiary

2025年初北海道

仙台で結婚のお祝いをして、ウエスティンに1泊し福島市へ戻り、大山さんの葬儀場へお別れを言いに行った翌日から北海道へ向かう予定が入っていた。その為、葬儀に参列出来なかったのがとても残念で悔やまれる。しかし、旅ばかりしているので、同じように葬儀へ参列出来なかった事が幾度かある。知らないだけで既にお亡くなりになってしまった方も中には居るのだろうとも思うのだけど、前世とか来世があるのであれば、そう遠くない時に来世で会えるのだから、そう思うとあまり寂しい気持ちにもならないもので。

2025年最初の北海道は仙台港から太平洋フェリーで向かう。

 

冬は日の入りが早く船室に着くと外が真っ暗だったり、夜間はカーテン開けちゃダメなので・・・

てなわけでもう翌朝。

美味しい朝食の後、部屋に戻ると陸地が見えてくる。

左にはもう山が見えていた。

 

苫小牧港

上陸。雪がない。

天気もよく、今日の作業はないのでまっすぐホテルへ向かいます。

無料高規格道路からの眺めがいい。

樽前山

農地には雪が真白く足跡もなく積もっていたが、やはり雪が少ない。

 

翌朝、ホテルを出て高速に乗った。

途中の樽前パーキングからは樽前山の頂上がよく見える。天気がいい。

 

伊達の有珠山パーキングまで来ると海が見えた。

 

いやいや、ホントに雪ないですね。

有珠山と昭和新山

その奥には蝦夷富士(要諦山)が見えていた。

昭和新山には雪がない。

また、高速で現場へ向かいます。

その前に・・・高速を降り、豊浦神社へ。

初詣。

現場到着。トシが除雪を頑張っているようで平らに整地されている。

歩いて現場まで上がった。雪が少ない。

パネルから雪も落ちています。

1周道路を歩く。

土が見えているので現場も雪が少ない。

今年の除雪は楽だろうなぁ〜

この列は雪が繋がってしまう。

これは大変だ。

天気もいい。パワーコンディショナーが高い音を立てて発電を続けていた。

斜面が急な場所は雪に勢いがついて遠くまで飛んでいくのでパネルと落ちた雪がくっ付く事はない。それが原因で壊れるものだから南側を2mまで上げなければならない。

この辺りも雪が解けてる。

北海道へ向かう前、トシに「差し入れは何がいいの?」と聞くと「エ!!いいんですか!?じゃあ、金のハンバーグが食べたいです!!」と言われたのに、買ってくるのを忘れた^^

仕方ないのでホテルの近くのスーパーでありとあらゆるハンバーグを購入し、赤のマジックで「金」と書いたのをお土産に持って行った。「うわぁ!!ありがとございます!!」と、気付いていないのでそのまま置いてきました。一応金のハンバーグにしておいたからね。

 

お昼は主任技術者の高橋さん、補佐の鈴木さん、トシと4人で食べに行った。

 

翌朝。前の夜から荒れ模様になっていた。

部屋から見える堤防には来た時黒いアスファルトが見えていたのに、朝起きると真っ黒になっていた。今日も行こうと思って電話したら、現場はとても天気が良いと言う。じゃあ、この辺りだけ降ってるんだ。戻れなくなるとヤバい(今夜の船で帰る)ので、行くのやめた。

ジムに行こうと半袖と短パンに着替えて1階まで降りて行ったら、どこを探してもジムがない・・・このホテルにはジム無いんだって。知らなかった。宿泊者には「このオジサンなんで真冬に半袖短パン!?」的な目で見られるし恥ずかしかったワ^^; しかもこの雪じゃ外も歩けない。長靴で歩いてもいいけどそこまでしてもなぁ〜。氷点下10度以下だし・・・

って事で、お昼を食べてチェックアウトしてしまい、北広島のアウトレット(車で2、30分)まで行き、スキーウエアを見ながら歩く事にした。歩数が伸びたし、安くていいウエア見つかるし、少し足を伸ばして良かったよ。最近は上下で10万円を軽く超えるものばかりで手が出なかった。Oakleyに入ったら上下で2万円ちょっとのがあり即決。20年ぶりでスキーウエア買いました^^

その後、帰りの新日本海フェリーからメールが入っている事に気づいた。船が遅れ、出港が遅れるらしい。19:30出港予定が21時過ぎになると。逆に時間潰しをしないとならなくなった。

でも、何も見る物がないのでとりあえず幹線道路を避け、裏道で港を目指す。

 

出港予定だった19:30を過ぎた頃、船が入ってきた。苫小牧東港に雪はないけどとにかく風が強くて寒い。

忙しそうに車が降りてきて、トレーラーの荷物を下ろし、それが終わると今度は積み始まった。

21時半、出港。2時間遅れ。

方向転換

 

方向転換すると苫東厚真発電所が見える。

 

到着は4時間近く遅れるらしい。

まあ、急いでないからいいけど、長い船旅になりそうだ。

今日も函館の夜景が綺麗だった。津軽海峡はそれほど揺れなかった。

 

翌朝。頭が地面に落ちるような感覚で目覚めた。

男鹿半島の手前。船は上下左右斜め斜めに動揺していた。

 

船酔いするんじゃないかと思うくらい揺れていた。

 

波もあるけどうねりがすごい。スピードがいつもより遅い。

 

秋田港へ寄る頃、風力が止まっていなかったので風速は35m以下だと分かった。

 

秋田港内に入っても船が揺れる。珍しい。それにあの防波堤をザバザバと波が乗り越えてくる。

 

冬の嵐なんだな、

これから向かう方角を見ると発達した雲が見えた。

 

とりあえず起きてお風呂にでも入ろう。

 

出港。男鹿半島が少しだけ見えていた。

普通に立っていられない揺れ。

 

たまに少し揺れがおさまったと思うと、また強い揺れが来たりする。

風強い。雲すごい。

行く手を阻むような雲。

粟島が見える頃、少し海は穏やかになった。

それでも船はスピードを上げないまま安全運転を続けた。

新潟港には定刻15:30到着予定だったがとっくに過ぎてしまった。映画も見飽きてBSで昔のドラマを観ていた。

あの雲もやばい!!

いよいよ暗くなってきた。

そろそろ太陽も沈もうとしている。

雲の切れ間、空には三日月が出ていた。

新潟港に入ってきた。

夜に到着するのは初めてかな。

少し頑張ってくれたようで19時に到着した。いつもは小国経由で帰るところ、もう遅いので磐越道を利用して帰った(あまり時間は変わらないんだけど、凍結が心配)。

 

北海道から戻るとすぐ、大好きな叔父の壽昭ちゃんが亡くなってしまった。80歳。昨年、祖母の葬儀で会ったのが最後だった。写真右側で手を上げているのが若い頃の写真。実家の商店を継ぎ、毎日市場へ仕入れに通った。その時の競りの写真と思われる。写真からも伝わるように明るくて楽しい叔父だった。私が幼い頃、トラックに乗せ市場へ連れて行ってくれたり、御用聞きに1軒1軒回る時、配達する時、トラックに乗り度々くっついて行った。一番印象に残っているのは渡利小学校前をバイクの後ろに乗せられ(スーパーカブの鉄のツルツル滑る荷台)すごいスピードを出されたものだから落ちそうになったのが忘れられない。あの頃からバイクが好きだったのかなぁ。小学校低学年の頃だったと思う。

昭和の頃を思い出すと、必ず楽しい思い出として登場する叔父ともお別れの時が来てしまった。

おわり

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