年が明けてしまったというのに、昨年の書き残しが・・・^^;
スミマセンねえー、あと2回ほどお付き合い戴いたら、この日記は平成27年を迎えます。
踊り屋台といいます。昭和30年代に建造されたもので、昭和43年まで北町町内会により運行されていたとか。私の生まれた年ですから、運行を終えてすでに・・・46年が過ぎています。あれ?永遠の18歳の私も、いつの間にか46歳になっていたのか!?
細かい細工が素晴らしいですね。
舵棒が半端なくでかいです。何人で舵をとるんんだろう・・・通常通り2人だと思います。
北町にある名倉屋材木店さんの倉庫を解体した時に発見され、以前は福島市内だけでもこんな高さ4.7m、幅3.5mもある巨大な山車が10台近くあったのだとか。以前は福島市から伊達市保原町まで路面電車が走っており、低い電線が無かったので、こんな背の高い山車を運行する事が出来たそうです。
大体は町内会で資金を集めて作ったというのですから、ものすごく潤っていたのでしょうか。総欅(けやき)で、現在新造すれば5000万だとか、1億近くかかるとか。賛否両論ですが、当時の勢いってすごいね。
当時の北町の古い大太鼓も一緒に発見されました。
こちらは北町の最近の小太鼓です。平成式。紐が緩んでいて、皮がこんなに新しいのに「ボコンボコン」と、上浜町で現在も使われている、昭和38年頃の太鼓と同じような音がしていた。もったいないです。
現在、上浜町の一角で補修工事が行われており、(現在は修復を終え保管中)完成お披露目会を11月に行うということで、その前にお披露目をしていただきました。
11月24日に、上浜町をスタートし、稲荷神社で宮参りと踊りの奉納を行い、また上浜町へ戻るということで、北町の町会長より「行きは上浜町の太鼓とお囃子、帰りは大町・上町連合が太鼓とお囃子を」という、ありがたいお話を頂戴したものだから、10月の秋祭りが終わっても祭りは終わらない平成26年なのでした。
話は変わって
4年半お世話になった愛車を交換する事になった。まあ、5年ごとに交換と決めているので、自動的にそのタイミングが来てしまったのだけれど、やはり別れは悲しいものです。このBMW X5と過ごした5年間が、大変な繁盛もさせていただいたし、大震災に原発事故という、予想した事もないような大災害に見舞われたりと、そんな時にも本当に世話になった。
第1原発が爆発し、市内の空間放射線量が20μSvを超えた時、避難を決めたのだけれど、ガソリンは赤ランプが点いていて、たまたまお世話になっているS常務が来てくれて、「社長のために20Lだけガソリン取っておきました。使ってください」と、金も受け取らず、ガソリンを携行缶から移してくれて、本当にありがたかった。今でもいいお付き合いをさせて戴いております。
驚いたのは、秋田県の避難先まで約300km近く移動するのに、ガソリンが多だいたい25Lくらいしか入っていなかった。いつもはリッターあたり10キロ前後の燃費だったのが、高速も止まって、アイスバーンと圧雪の国道13号を北上した夜だけは、16キロも走ったんだな。途中で車を乗り捨てる覚悟で走ったのに本当、驚いた。目的地に到着寸前に再度赤ランプが点灯するという、劇的な逃避行だった。
そんな、いい時も、大変な時も支えてくれた愛車だったけれど、別れの時が来てしまった。本当にお世話になりました。
またまたとある日・・・
早めの忘年会が終わり、パーティーだったので食べるものがあまり無く、腹も減ってるし、まだ時間も早いということで立ち寄ったいつもの焼き鳥店「だいじょうぶ」さんで、「Rhapsody In White」なんていう、黒いのか白いのかよくわからない古いアルバムを見つけてしまったり、その他にもマービンゲイやら、懐かしいアルバムが大量にあった。色々なレコード、久しぶりに聞かせてもらいましたけど、やっぱり「いいね!」
日東物産の大橋君(社長の方です。バンド仲間)と、盛り上がってしまった。
これ、誰だかわかりますか??アンさんですよ。ルイスさんですよ。(セントルイスじゃないよ。アンルイスです)シングルだったけれど、こんなジャケット初めて見た。水着で年代を感じるね。(今時はこーゆーのあるんすかね?)
いよいよ11月24日。
というわけで、いよいよ踊り屋台お披露目の本番を迎える。11:30集合、サイクルショップよしだ前あたりまで、山車を引き準備が始まる。
それにしてもでかい。住宅の屋根が大体6、7mくらいだから、巨大さがわかるでしょ?
行きは上浜町太鼓番に仕切らせていただきまする。
上浜の他、大町・上町、北町、天神町、南町、柳町、栄町など、市内各所の方々が応援に来た。秋の連山車実行委員の方々が多かったです。
こんな、市内の各町会の方々と合同で運行するのは初めてで、とても刺激的でした。
2階で踊りを披露してから運行開始ー!
途中、福島テルサ前で再度踊りを披露する。狭いスペースに山車を入れるのに、あの巨体を横に引きずって入れた。凄い力と技術です。
稲荷神社に到着。
踊りを披露する。
凄い人でした。
福島の人々は祭り好きです。
上浜町の小学生引き手と太鼓番と一緒に記念撮影。お父さん、お母さん方もこんな経験に大盛り上がりでした。
運行中は下で太鼓鳴らして、上では扇子ふってわっしょいわっしょいでした。
真ん中が武廣あんちゃん。祭り仲間の大先輩です。毎年、この兄貴が祭りを仕切る。家が実家と隣同士で、小さい頃からお世話になっています。
夜は打ち上げ。陣場町にある茨木さんの店「虹のかご」奥座敷を貸切りでした。
一升瓶が何本も空き、茨木さん赤字じゃなかったのか??10本までは飲まないけど、7本くらいは軽く空いていた。マグロのデッカいカマ2つも(私がかぶれるくらいの大きさだったから、かなり巨大!)出てくるし、料理も大量だった。その他にも焼酎やら、ワインやら、ビールやら、カクテルやらetcetc 君たち、どんだけ飲むんだ!^^?
途中、2度ほどケンカが始まり^^、飲み会はさらに盛り上がった。2中OB往年の不良達が昔から祭りを一緒にやってきたので、イベントというか、ケンカは祭りの一部です。不良同士がケンカになり、不良達が止めるという、見ていて安心するケンカでした。
裸足にセッタで参加した11月の祭りは、穏やかな日差しの中で大いに盛り上がり、忘れられない思い出の日となった。
今度は、1月の新年会で太鼓をお披露目をする事になり、練習は週に2回ペースで、正月明けまでつづきます。
しかも、「上浜太鼓保存会」を作り、自分は「顧問」などという、年寄りがもらうような役職を戴いてしまいました。^^; ただのせんせいなんですけど・・・
そろそろ練習から解放してくださーい! 祭り太鼓叩きすぎて嫌いになりそうですー
あんなに好きだったのにー! ( T T )エーンエーン
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