朝から、昨日のロシア機墜落のニュースばかりが放送されていた。
悲しいニュースは、昨日までのような大画面のテレビでは無く、こんな一昔前のパソコンのデスクトップみたいなテレビで充分だった。
サンクトペテルブルグのホテルは立派なのに、テレビがちゃちかった。
サンクトペテルブルグの空港で泣き叫ぶお母さんの映像は繰り返し放送され、その声を聞くと涙が出てきた。
翌日はまだテロとは断定されず、ロシア政府から事故と発表されていた。
エジプトは、特にシナイ半島はもう、安全ではないんだ。
搭乗者名簿が発表されていた。読めなくてちょうどいい。同じ空港を目指していた飛行機の出発地はバカンスに行く場所だ。子供だって大勢いる。
気をとりなおして出発する。
今日は、ロシア最大の不動産市へ行く。今回の旅最大の目的である。
やっぱり。モスクワで音を聞いて気付いたけれど、サンクトのホテルに停まっていたワゴン車もスパイクタイヤを履いていた。
ソ連時代の忘れ物。旧式のソ連製自動車。ラーダっていう車だと思う。数は少なくなっているけれど、まだまだ走っている。
イサク聖堂の前を通る。
ラーダよりもこんなベンツの方がたくさん走っている。
ネフスキー大通りの有名なモダン建築。シンガー社。
サンクトペテルブルグの案内をする時、必ず「ここは新しい街です」と必ず言われるけれど、日本では歴史的建造物に指定されるような年代のものばかり。
300年前まで、ここは何もない、一面の沼沢地だったのを、1703年ピョートル大帝がロシア近代化の要としてバルト海に開かれた港と要塞を築いたことに始まったそうです。
江戸も徳川家康が江戸行きを命じられた時は、同じような土地だったと記憶しているけれど、昔はそーゆー所を人力で開発して行ったんだよね。人間と力と知恵と根気は大したものです。
現在本屋さんになっているそうです。
こーゆー銅像がしょっちゅう見かけられる。過去の偉人を今でも尊敬できるのは素晴らしい事だと思う。
ここは芸術広場。
素敵な建物でしょ?芸術広場の前に建つのはグランドホテル・ヨーロッパ。1875年創業。
第一次世界大戦時やロシア革命時は病院、児童養護施設として使われていたそうです。
1990年前後にリノベーション。小泉元首相や、クリントン元大統領なども宿泊する由緒正しいホテルなのです。
福島にもこういうの欲しいよ。
美しい建物でしょ?
こんな運河がたくさん走っている。
空港と旧市街の中央くらいに位置する凱旋門。
スターリン時代の建物
普通に四角い高層の建物もたまには見る。旧市街の外へ行かないとこういう建物はありません。
今回の旅メインの目的。
こんなデッカイ建物、初めて見るんじゃないかな?
っていうか、こんなに柱と柱のスパンを飛ばして大丈夫なのかい??
地震が無いから大丈夫なの?
ロシア最大の不動産市がここサンクトペテルブルグで開かれている。
ほぼレジデンス案件、日本でいう分譲マンションです。
日本の企業も頑張っていますよ。
最初は金額すら読めなかったんだけど、だんだん慣れてきた。
しかし通貨の感覚がつかめない。なんてったて、ロシア語が読めないんだ。検討のつけようがない。
それでも、旧市街へ行くほど中心部が高くて、そこから車で2時間ほど行ったあたりは半額くらいというのがわかってきた。
でも、カタログをもらってみたら20ミリオンなんていう物件があり、20ミリオンってどういう事だか理解ができなかった。だって、20億円って事でしょ??マンション一部屋が20億もする国って、どういう金銭感覚で生きているのだろう??こちらの感覚が間違っているのか?資源で儲けたロシアはそれほどまでに皆、裕福になったのか??とても悩んだ。
世界はとんでもない国に経済制裁を課しているものだと心配になった。
だって、こんな無駄な建物だって建てられるんだから。廊下がこんなに広い必要がある国なんだよ。ここは。
ところが、日本の常識は世界の非常識だけど、自分の常識はもっと世界の非常識。
ミリオンッって聞くと、いつもアメリカへ行った時のUSドルで一番使っている言葉なので、完全に勘違いしていた。アメリカの物件は大体1ミリオンダラー以上、つまりJPY100,000,000。1億円以上の物件を見ているのでミリオン=億と思い込んでいる自分にやっと気がついた。1ミリオンは100万じゃないか。
この国の単位はルーブルだぜ。この時のレートで、20ミリオンルーブルは日本の2000万円だった。安いじゃん!?
慌てましたよ。東京のど真ん中よりもロシアの物価の方が10倍もするなんて事、信じられなかった。信じなくてよかった。こうやって、海外との取引は勘違いから失敗する事もあるんだろうな。
と、とても悩んでいたんだけど、無事見終わり、無事勘違いに気づき、次の行事へ。道路の中心をこんな可愛いいトラムが走っている。待っている人は全員寒そうだった。
新築現場はアジアのそれに比べると相当良くやっていた。
可愛いいよねー。
窓の一つ一つにデザインが施されている。
三越?
今回は仕事ばかりではないのです。観光というか、ロシアの歴史や芸術を学ばなければ、この国の事は理解できない。
そう。エルミタージュ美術館に来てしまいました。
その真向かいの建物も相当立派。昔参謀本部があった建物らしい。参謀本部なんて、コンクリート打ちっ放しくらいのイメージだけど、これじゃあ派手すぎて目立つからミサイルで打たれるんじゃないのか??ネヴァ川から見れば裏側にあたり、ここは宮殿広場といいます。
エルミタージュがあって
宮殿広場を挟んだ反対側。旧参謀本部。真ん中にはアレクサンドルの円柱がある。
すんごい!!今までに見た建物の中で一番立派なんじゃないかな?日本の鹿鳴館とか帝国ホテルとか、足元にも及ばないんじゃないかなあ・・・
こんな一つの装飾を作るのだって、デザイン考えてから果たして何年かかるのか・・・
カメラに収まりきれなかったけれど、ここまでの写真が無数の外国使節を迎えた大使の階段あたりです。
すごいシャンデリアがありすぎて感覚がおかしくなってくる。
ピョートル大帝の間。これでも小玉座だそうです。正面の絵は「ピョートルとミネルヴァ」女神とピョートルが並んで描かれているそうで、ローカルネタで言うとえっちゃんとピョートルが並んでいるということか・・・えっちゃん絵描きだからな。
玉座の考え方は日本でも同じで、部屋の中に一段上げて天皇の間を作るのです。世界中同じかな。玉座が下の方にある国ってあるのかな??
この天井、どうやってつくるんだろう。足場が必要だよね。
ここは紋章の間。シャンデリアにはロシア各県の紋章がデザインされているそうです。
こんなテーブルだか池だかわからない代物だって、大理石を何日掘り続けるんだろう。私の仕事机も総大理石で、ここまででかくはないけれど、男が6人で運んだからね。これは何人で運べるのだろう。
等身大だよね。
柱を飛ばして作る技術はこんな以前からあったんだ。
まあまあ、私のガイドなんかよりとにかく見てください。
このあたりは非常に古い時代のものだそうです。
18世紀後半にイギリスで作られたカラクリ時計、孔雀の時計です。
床には八角形のモザイクがはめ込まれています。
窓からはネヴァ川とペトロパヴロフスク要塞が見える。
ベヌアの聖母。1478年作。
レオナルドダビンチですよ。
レオナルド熊じゃあない。
こちらは「リッタの聖母」1490年作ダ・ヴィンチの傑作で、1865年にアレクサンドル2世がリッタ公から購入した。
ダ・ヴィンチはこの2枚だけです。
この左のおじさんにはどこかでお会いしている。
ヴェネツィアの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェリオ(1488から1576年)は晩年、何度もダナエの像に取り組んでいる。
ラファエロの「コネスタビレの聖母」は1503年、20歳の時の作品。
こちらもラファエロ作「聖家族」37歳で亡くなった若き天才の作品。左からヨゼフ、イエス、マリアを描いている。
あっ!腹イテエ!
このおじさんもずいぶん前に会った記憶がある。
こちらはあのレンブラント作のダナエ。
この絵はとても有名なんです。
1985年、観客に硫酸をかけられ損傷してしまった絵なんですね。修復はしたけれど、完全な輝きは取り戻せていないそうです。現在エルミタージュは手荷物検査が厳しく、液体は持ち込めません。
昔の人々は実に個性的な服装、髪型、装飾をしていた。この方はスターウオーズに出演していたような。
今こんな服装をしているのはアパホテルの社長くらいでしょう。
これはレンブラント有名な作品「放蕩息子の帰還」という絵。
この絵の左上奥に描かれた部分には秘密が隠れている。
放蕩須藤帰還せず。
放浪須藤中。
今も昔も子供達は可愛らしい。
全ては見ることができない。1週間くらいあれば見ることができると思う。
引退したら1週間来てみたいです。
まだまだ続く。
この神様の像はでかすぎて、建物の中に入れてから壁を作ったそうです。つまり、展示会などへ持っていけないもの。さっきのダビンチの絵画2枚も博物館からは持ち出さないそうです。
懐かしいエジプトの棺!
エジプト考古学博物館ほどの数はなかったけれど、それでも結構な数が収蔵されていた。
お姉さんがすれ違うと、長い長い廊下がまだ続いていた。どこまで続いているんだ。
この柱のデザインだって素晴らしいじゃないか。自宅に施したらものすごい金額を請求される。
見終わると夕方になっていた。
あの金色のmは・・・
マックじゃないですか。あんな古い建物の上によく許可したものです。
夜はパーティー、「TALEON IMPERIAL HOTEL」で。
サンクトペテルブルグ日本国領事が出席され、話をしてみたら共通の知人がおり、なーんだ、友達の友達じゃないの?と、打ち解けてしまった。
須藤さん、サンクトペテルブルグにも投資してください。と言われたけれど。
この国は、プーチンを敵に回せば、投資は回収不能となると思われ二の足を踏む。
うさぎの肉は美味しいんだー。白くて脂の乗った、それでいて上品な味です。
相変わらずメインディッシュは、興奮して食べ始めてから写真を忘れている事に気付く。毎回なんだよなー。食い意地張ってますよ。
このホテル自体が重要な建物らしく、部屋には監視員が付いていた。
家具?オルガン?なんだろう?????
螺旋階段と天井。
美術館にあるような絵がホテルに普通に置いてある。
ホテルの外観。
ホテルは運河の前にあって。お洒落ですよ。
ここの柱もお洒落だけど、ライティングが上手いんだ。
雨どいがボコボコにされていた。
こちらも。
歴史的な地区でも、雨どいは壊される。
通りに出るとマックがあるけれど、ロシア語の表記は読めない。
ホテルの前の怪しげな店が開いていた。
部屋に戻ると、エルミタージュ美術館前で飛行機事故追悼の集会が行われているというニュースが静かに流れていた。
つづく
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